お客様の声(写真)

2014年1月17日

三田様


夢のような墓碑

長年の懸案だった「墓碑」の建立も終り、今、私と妻はホッと一息つくところです。私は69歳ですが、私たち家族にとり、この墓碑建立に至るまでには気も遠くなるほどの嶮しい道のりが内在しているのです。

私の母は98歳の長寿を生き抜いていますが、残念なことに15年前よりアルツハイマー症を患い、いまは群馬県より伊東市に移り住んでいます。想えば、母の苦節人生も、私が、母のお腹に授かった日からの始まりではなかったかと思います。

それは、群馬県での両親の結婚生活も3年目に入ったときのことでした。父は、戦争により満州へと駆り出されそのまま2年後には南洋パラオ島へと移され、私の顔を見ることもなく戦死してしまったのです。ただ、その父も、出征一ヶ月前には、まだ海を見たことがない母のためにと、伊豆は伊東温泉に向け、二人にとってのたった一度だけの旅に出たのでありました。

そして、この話は、まだ私のうら若き大学生時代の話なのですが、「お前は、伊豆の伊東で授かったんだよ」などと、あの母が、この私に向かって語るほどのとても大きな結果を残す旅となっていたのです。(笑い)

また、次には、何と、この私が妻と息子を伴い、父の眠るパラオの国へと移り住む運命が待ち受けていたのでした。そして驚くことには、さらに更に、今度は、私の息子までもがパラオ大使館へと赴任していくことになり、親子三代に亘ってのパラオとの関連性は地元の新聞に称えられる程のことになっていたのです。

しかし、これまで、幾多の歴史を乗り越えてきた母が、やがては長年の苦労が蓄積したか84歳にしてアツルハイマー症を発症してしまったのです。それでも病と闘いながら伊東市の我が家に辿り着き、99歳を迎えようとしているのです。そんな時候でした。この度の、天城霊園墓地での最終分譲を知ったのは・・・・・・。

想いのお墓づくりその結果として、「石井石材さん」にお世話いただくことになったのでした。そして、いまの話の、パラオの国での感謝を表す言葉「スーラン(ありがとう)」を、墓石に印して頂きたいと石井さんにご無理を申し出たのでありました。

ところが、石井さんは快く引き受けて下さったのみならず、その墓石ときたら、もう、目を見張るばかり。何とも立派なものとなって出来上がっていたのです。

さらにまた、「海が見渡せる場所に」という私たちの希望までも適えてくれるように、伊豆の大島や遠く房総半島までもが見渡せるすばらしい場所に建立されているのです。まるでそんな景色を眺めながらの墓参りなど夢のようで、感慨深いものが迫りきて私たちにはこの上ない楽しみの一つとなりました。

石井石材さんの皆様、「本当に、素敵な墓碑をありがとうございました」 感謝の気持ちでいっぱいです。